光を紡ぐ
身を切られるような激しい痛みを描いても
押しつぶされるような絶望を描いたとしても
ラストに光の兆しがあれば
まだ見えない希望が地下に眠っている予感さえあれば
人は何度もそのドラマを求める
繰り返して観られるドラマは、
まっすぐにそう作られている。
相変わらず、
そんなのばっか書いてる。
2016.11.24 阿久根知昭facebookより
https://www.facebook.com/tomoaki.akune
阿久根知昭【あくね ともあき】
●日本の脚本家・映画監督・演出家
●脚本作品にペコロスの母に会いに行く
初監督作品にはなちゃんのみそ汁
●作家組合Write Staff Guild代表
●私生活では結婚し、一児の父
脚本を手掛けた映画『ペコロスの母に会いに行く』は2013年キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベスト・ワン、新井晴彦発刊映画芸術にて一位を受賞。
現在は脚本家、映画監督としてだけではなく役者への演技指導や大学での講師、
作家組合ライトスタッフギルドの代表を務めるなど、マルチに活躍している。
認知症の母が自分の帰りを駐車場で待つ。毎日、毎日-。
ペコロスは、〝母が認知症だからどう〟とか、そういう事ではなく、目の前の母をそのままに受け入れる。
わたしがペコロスだったら。
ペコロスのように優しく母を包めるだろうか。
優しくて、あたたかい。
阿久根氏の作品に触れ、そう感じた。
ペコロスの母に会いに行くは、認知症の母と息子との日々を、それぞれの視点から描いた作品となっている。
ペコロスは深い愛を受けて育ったのではないだろうか。
ペコロスの息子もまた、ペコロスから大きな愛を受けて育ったのではないか。
監督作品であるはなちゃんのみそ汁もまた、母と娘、親子や家族としての土台がしっかりしているからこその作品なのではないかと感じた。
土台があるから立っていられる。
いまの子供との日々は、わが子だけではなく、わが子の子供、そのまた子供へと後世に渡って良くも悪くも影響していく。
子育てがとても怖い。
阿久根知昭氏は、どんな人だからこんなに優しい表現になるのだろう。
優しさや愛情を一心に受けて育ったのではないだろうか。
わたしは子どもたちをそうやって育てられているのだろうか。
わたしが子育てを間違えてしまったら、子どもたちは幸せを描きにくくなってしまうのだろうか。
子どもと向き合うことは、自分に対しても本気で向き合わなくてはならないことなのだと気づいた。途方もないくらいに。
子どもたちに幸せの種をまきたい。
阿久根氏に興味を惹かれたのは、このような思いがきっかけだった。
優しい作品をつくり出す阿久根知昭氏を知りたい
目に見える阿久根知昭だけではなく、
阿久根知昭氏を創り出してきた細胞のような、阿久根知昭も見たい。
何に突き動かされ、何に夢中になり、何に心をかき乱されるのか。
喜怒哀楽、そして生き様をカメラにおさめたい。
こうして、密着は始まった。
10月末
阿久根氏の活動の拠点である福岡の地で初めて対面した。
「映画は、写真の延長なんですよ。」
映画は一秒24コマ。24枚撮りのフィルムが繋がったものなのだと話してくれた。
どの瞬間を切り取っても写真になる。それが映画。
写真を生業にするわたしがこのインタビューに入りやすいよう、この言葉をはじめにくれたのだろう。
阿久根氏は、言葉の中にヒントのようなものを残してくれる。
初めに感じたこの印象は、3回の取材を終えた今、確信に変わった。
取材が始まると、阿久根氏から発せられる言葉たちは、親としての悩みへのヒントや、人とのかかわりにおける学びがあった。
阿久根氏から出る言葉はとてもリアルだ。
発せられる言葉からは映像が浮かんでくる。
リアルでいて、くるくる変わる表情に話術に、エンターテイメントを見ているようだった。
勝手に想像していた阿久根知昭という人物とは違った。違ったからこそ希望が見えた。
自らをホン屋と呼ぶ彼はいきなり大きな光を見つけたわけではない。
少しずつ小さな光を集めてきた。
光を紡ぐ脚本家は、光を見つけ、前に進むことを体現している。
いまはまだ、はっきりとはそれが何なのかわからないが、阿久根氏を通じて光のような希望のようなものを感じる。
阿久根氏がそうであるように、わたしも、迷ったり悩んでも、立ち上がって前に進むことを選べる母親でありたい。
脚本家であり演出家であり、監督であり、講師であり、父でもある、そんな阿久根氏の様々な姿を残したい。
誰かにとっての希望になることを願って。
0コメント