宝物

安武信吾さん編



午後二時。

大名町教会で医療従事者への感謝と励ましのための鐘がなる。

その場所が、はなちゃんのみそ汁の原作者でありはなちゃんの父、安武信吾さんとの待ち合わせの場所だった。




「阿久根さんについてねぇ。。。

阿久根さんはね、一言聞いたら二倍になって返ってきますからね。(笑)」




聞き覚えのあるセリフ

二倍か三倍か。

豊富な話題の持ち主だ。




「会話の中に出てきたワードに反応して、次々に話題が別の方向に展開していく。

そして、相手に話す隙を与えない。

良く言えば、物知りで天才肌。

悪く言えば、自己中のおしゃべりおじさん。ひとつの話題について深く掘り下げたいタイプの僕とはちょっと対局なんですよね。」





そんな始まりのインタビュー。

何をどう聞いたらいいのか。また何も決めて来られなかった。

今回はどんなインタビューになるのだろう。




「俺をその気にさせたのは彼らだもんなぁ。

映画化とか、もともとはそんな気全然なかったし、他からきてた話は全部断ってたのに。

それは、意味のあることだと思ったから僕も前向きになれたんだろうと思うし。」




「『私のママってこんなに素敵な人だったんだ』。はなちゃんがそう感じてくれる映画を僕に作らせてください。」



大手映画会社からの打診もあった中で、安武さんの心を動かしたのは、焼肉屋で偶然知り合ったフリーの映画プロデューサー村岡克彦さんの言葉だった。

村岡さんと阿久根氏は〝ペコロス〟でタッグを組んだ仲。

阿久根氏は〝はなちゃん〟映画化に向けて、監督を引き受けた。

その後、安武さんは頻繁に阿久根氏を自宅に呼び出した。



安武さんの著書に描かれているのは、はなちゃんと、はなちゃんのママである千恵さんの人生そのもの。

大切に扱ってほしいし大切に扱いたい。

わたしの見てきた阿久根氏ならばきっとそう思う。



阿久根さんとの付き合いが始まり、安武さんは彼の人柄を知った。

そして、あることに気づいた。



「この人は、家族を大切にする人だ」

任せてみよう、そう思った。



2人の住まいは、頻繁に行き来できる距離にある。

「いつでも会って話ができるという安心感があった。

取材というより雑談。公式見解よりも本音を聞き出さなくちゃいけない。

阿久根さん、僕の思い出話聞きながら、泣いてたもん。創作活動って、案外、この積み重ねが大事なんですよ。」




阿久根氏でなければならなかった理由が、そこにあったのだろう。




「厚かましくていい。」

知って、描かなくてもいい。

いい作品にするために、描かなくてもいいから、もっと、もっと、もっと、自分たちが生きたあの時間についてを阿久根さんには知ってもらいたい。

そう話してくれた。





「嬉しかったですもんね。映画館でね、観てる親子のちっちゃい子供がね、スクリーンに向かって 〝はなちゃんがんばれー!〟 って言うんばい。

たまらんですよね。本当嬉しいですよね。

それを聞いた、はなもうれしいですもんね。映画ってすごいですよ。

僕の本を小学校低学年の子は、じっとは読まないですよね。

それが伝わるのは映画なんですよ。

だから、良かったって思いました。つくって。

なんで昔はあんなに拒んでたんだろうねぇ(笑)

学校では教えてくれない、なかなかない教材ですよね。映画にはその力がありますよ。」




原作があり、実話がベースにある作品。

はなちゃんにとって、母を知ることができる作品。



まだはなちゃんは、安武さんの著書も、生前千恵さんが綴ってきたブログも読むことが出来ないのだという。

「やっぱりね、お母さんの生の声がね…。読めないって言います。」




安武さん自身も、千恵さんが亡くなってすぐはブログを見ることができなかった。

ブログは閉鎖しようとしていた。

そんな時に、懇意にしている助産師の先生に言われた。




「あなたが書きなさい。あなたが続けなさい。

あのブログは千恵さんが、がん患者やその家族に向けて書いていた。

それぞれがいろいろな気持ちを抱えて読んでいた。

実際に亡くなってしまった後、その人たちに向けて、今すぐには元気になれなくても、あなたとはなちゃんが元気になっていく姿を書いていきなさい。」




その言葉は安武さんの心に響いた。

だから続けた。




「はじめはもちろん、そんな気持ちにはなれなかったですよ。

それでも2日に一回くらいは書いてみてね。

しばらくして、ふと千恵の後に自分が書いてきたブログを読み返してみると、なるほどなぁと思ったもんね。

自分とはなが元気になっていく姿を、〝こうやって元気になっていけるんだ〟っていうのを、同じような状況にいる人がその人と重ね合わせて読んでいってくれるんだと思うから。

亡くなった後も書く意味はあるのかな。って思いましたね。」




時々考えることがある。

傷ついた人は、いつまでも悲しい空気をまとわないとならないのだろうか。

〝乗り越えてね〟 と言いつつ、笑顔でいる瞬間を見るとまるで不謹慎かのようなまなざしを向けてくるのは、それは気のせいなのだろうか。

不幸なままでいないといけないのだろうか。

誰のための人生なのだろう。




グリーフ(悲嘆)を抱えたままでも、人は幸せになれるのかもしれない。

グリーフを受容した人にしか分からない幸せ。

そこにたどり着くまでの過程にどれほどの価値があるのか。

幸せになっていいし、乗り越えていい。

いまの笑顔の奥を想像する優しさが人にはあると思う。

どんな葛藤や痛みを伴ったのかは本人にしかわからない。

わかってもらわなくてもいいのかもしれない。

ただただ、自分もみんなも、幸せになっていい。





そんな日々のリアル。

それが、千恵さんの後を引き継いだ安武さんのブログ「早寝早起き玄米生活」にはあり、、2月10日に全国の書店にて発売された安武さんの新しい著書「はなちゃんのみそ汁 青春篇」(文藝春秋)に描かれている。




はなちゃんのみそ汁の映画化のなかで、安武氏は一か所だけ、ここだけはどうしてもと、演出を変えてもらった。

安武さんは、千恵さんと出会う前に離婚を経験している。



「前の妻と別れた原因の描き方が、一方的に感じたんですよね。

〝あれはおれだってわるいんだから。〟

その一言だけでいいから入れてください。そうお願いしました。」



そうだったのか。。



やさしいですね。そう言うと、

「だってそうだもん」そう返ってきた。



〝だってそうだもん〟

ほとんどひとりごとのように言ったその言葉はとても、とても安武さんだった。




結果、阿久根監督は、安武さんのその想いを尊重した。




作品としてのクオリティもあるが、原作があり、ノンフィクション。

その時間を実際に生きた人がいる。これからも生きる続ける人がいる。

それぞれが想いをもって出来上がる。




安武さんとはなちゃん、そして千恵さんとの最後の時間。

言葉でなんて伝えられないくらいに大変だった。

けどそれが、〝本当の家族になれた時間〟。

「こんなにきついのは、千恵の事が好きだったから。それに気づいたら、悲しみ自体が素敵なものに変わっていきますよね。」




千恵さんとの時間が、宝物。








安武さんは、パワフルで、熱量が大きい。

インタビューの仕方もわからず手探り状態のわたしは、記者時代の安武さんについて聞いてみた。

「断られてからが仕事でしょう!」

断られたとしたら、その場でひいてしまうわたしには一瞬まぶしかったが、ギフトのような言葉が続いた。




「遠慮はいらないでしょう。

だって、本当にいいものを作るなら、それくらいの覚悟が必要でしょ。

取材する側の意図がきちんと伝われば、相手から、後で〝ありがとうございました〟って言ってもらえるはずだから。

阿久根さんも遠慮がちなんですよ。

相手の時間を奪うことに罪悪感があるのか、しつこさがない。

もっと、聞いて、聞いて、聞きまくって。もういい加減にしろって言われるぐらい聞かなきゃ。そこだけは、友人として、仕事仲間として、びしっと言いたい」




あ、そうか。

そうか。

厚かましいんでも、遠慮がないのでもなくて。

相手がそう思えるくらいのものを作るという覚悟なんだ。無駄にしないっていう、本気なんだ。安武さんは、そうやってやってきたのだ。

相手に対してもちゃんと責任を持とうとしている。

だからこそ、もっと厚かましくきてほしいと阿久根氏に望むのだろう。

阿久根さんの想いも、安武さんの想いも。どちらもとてもよくわかる。




「いいんじゃない?〝こんな取材をしようって思っていたけど、全然違くなってしまった〟っていうのも。そういう雑談の中に、本音とかヒントとか、あるから。」




人生もそうなのかもしれないなぁ

思い通りになんていかないけれど、どれもきっと無駄じゃない。





いま、人生の夕方にいるのだと安武さんは言っていた。

がむしゃらに働いてきた。仕事で、出来ませんとは絶対言わなかった。

きつい生き方をしていた。

ようやく、わがままに生きてもいいんじゃないかって思えた。



「だからいま、すごく楽しい。」



そう話す安武さんの〝いま〟の宝物は、はなちゃんがパパの健康を気遣いプレゼントしてくれたスマートウォッチ。

毎朝のジョギングで使っているそうだ。

今日一番の笑顔を見れた。

好きな色も、気が付いたらいつの間にか娘の好きな水色になっていたという安武さんの人生の時刻の彩も、きっと味わい深い豊かなものなのだろう。







長崎で、福岡で、インタビューのはずがこんなにも素敵な人生のヒントをもらえた。

周りの人や、出会う人にとても恵まれている。素敵な人であふれている。

わたしの人生捨てたもんじゃないなぁ

そう思えた。

〝本当の家族〟

安武さんが築いた、カタチ。




三者三様、かっこいい時刻を刻んでいた。




監修   安武信吾









【安武信吾】

元新聞記者、ノンフィクションライター、映画プロデューサー。映像作家、ミュージシャン、フォトグラファー

著書 はなちゃんのみそ汁(文藝春秋)

    はなちゃんのみそ汁  青春篇 父と娘の「いのちのうた」(文藝春秋)

ドキュメンタリー映画「弁当の日 『めんどくさい』は幸せへの近道」(2021年)

妻、千恵さんのブログ『早寝早起き玄米生活~がんとムスメと、時々、旦那~』

ツイッター twitter.com/yasutake_s






後記

掲載前に本章を阿久根氏に確認いただいたところ、

『安武さんは人が楽しんでいることをうれしがる方です。 

悲しんでいる人を なんとか楽しんでもらおうとエネルギーを使う方です。そういう事もどこかに入れていただけると』

との言葉が届いた。


さて、この阿久根氏の言葉をどう入れようか と考えてはみたものの、

そのまま記すのがいいな と、この形とすることにした。



昔からの仲間も、

大人になってからの仲間も、どちらもとてもいいなぁ。




The Life of AKUNE TOMOAKI

脚本家・演出家・映画監督など、マルチな才能で活躍する阿久根知昭氏に密着。 https://www.facebook.com/tomoaki.akune

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